2021年04月23日

利益は収入と支出との差額でホントに良いのか?

「これまで利益とされてきたものは,実は,明日の
ためのコストにすぎない。」
「したがって最大の問題は,リスクに見合うもの
だけのものがあるかどうかである。」

断絶の時代第二部第7章

「これまで利益とされてきたもの」とあるように,
利益というものは,あくまでも利益であって独立
した概念だったわけです。

今日の企業会計でも,利益とは,売上から原価(コ
スト)控除した余剰分であって,利益はコストと
はみなされません。

それはさておき,これからは,利益を明日のための
コストだと考えましょうとするのが,ドラッカー
からの提案です。

利益を狩猟生活時代の獲物として捉えるならば,
それは構成員に公平に分配すべきものであるとい
うことになります。

狩猟生活時代は,当然のことながら冷凍保存技術
などありません。

獲物は,すべて食べつくす必要があるからです。
この論理を現代の事業活動に当てはめると大変な
ことになります。

まず,構成員は誰かということになります。
ちょっと最近,あるいま今でも?

構成員は株主であるから,全部配当に回すべきで
あるという極端な企業乗っ取り屋が暗躍しました。

もう一つの考え方は,1960年代から1970年代頃が
全盛だったのでしょうか?

構成員は従業員であるから,従業員の待遇を向上
させるべきであるするもので,資本家は搾取する
存在であり,敵視の対象であるとするマルクス的
な労働争議となりました。

しかし,いずれもが無効であったといっていい
でしょう。

西武鉄道が以前,投資ファンドに乗っ取られそう
になりましたが,投資ファンドは,不採算路線の
廃止を提案してきました。

確かに経済効率を考えると不採算路線は廃止すべ
きとなりますが,鉄道には,交通弱者の貴重な足
であり,これを奪うことが許さていいのかという
公共的な側面があります。

経済効率だけを優先し,社会的責任は放棄しても
良しとすることに,違和感を抱く人が多いのでは
ないでしょうか?

また,企業は従業員のものであるとする考え方が
蔓延するのも問題です。

若い方はご存知ないかも知れませんが,かつての
国鉄(現在のJR)は,ストだらけで,車内は汚く,
駅のトイレは悪臭が漂っていました。

社員を幸せにする会社というのが,流行りました
が,私も意外と古い人間ですので(苦笑)

社員の幸せを最優先に考えた国鉄が,どんな醜態
を晒していたかをを思い出し,未だに社員を幸せ
にする会社というフレーズに強い嫌悪感があります。

会社は社員のためにあるとすると,肝心の顧客満
足度の視点がなくなり従業員の満足を顧客に押し
つけ,嫌なら乗るなみたいな体質になってしまい
ます。

結局,乗っ取り屋も従業員満足も,多くの支持を
得ることが出来ず,目論見通りには進みませんで
した。

利益は,狩猟生活時代の獲物とは違うということ
の証明だったといえるかも知れません。

ちょっと笑い話かも知れませんが,現代でも狩猟
生活を営んでいる部族がいます。

この部族に農業を根付かせようとヤギを与えた
ら,全部平らげてしまうので,農業がなかなか根付
かないそうです。

農業を根付かせるためには,自分たちが食べるヤ
ギと再生産が可能な分だけ,一部のヤギを繁殖に
まわさなければなりません。

これと全く同じ理屈が利益にも当てはまるという
ことです。

事業を継続可能な必要最小限利益を稼ぎ,将来に
投資しなければならないのです。

また,利益を獲物として捉えると多いほうがいい
ということになり,ムリをするとヤギを全部平ら
げてしまった部族のようになってしまいます。

そして,利益は多いほうがいいという考え方は,し
ばしば粉飾決算や不正行為の温床にもなります。

利益が獲物だった時代の仕事は,狩りに出かけて
獲物を仕留め,構成員に分配したら,終わりという
一過性のものだったわけです。

この時代は,利益はあくまでも利益でありコスト
とは無関係のものだったわけです。

ところが,現代社会における事業活動は一過性の
ものでは困るわけです。
継続性が要求されるわけですね。

しかも,われわれの寿命も狩猟採集生活とは比べ
物にならないほど長くなりました。

狩りをしたら,それで一件落着という仕事の仕方
は長くて30年しか生きられない時代であれば,そ
れでいいのかも知れません。

しかし,われわれは,もはや狩猟採集生活に戻るこ
とは出来ません。

落ち着いて考えれば,わかりそうなものなのかも
知れませんが,先進国ですら,多くの人が飢えと戦
い,まさに食べるためだけに働いていた時代が長
かったので,利益をコストと考える感覚が定着し
にくいのかも知れません。

利益をコストだと考えないがゆえに,利益は
誰のものかという不毛な議論が起きるわけです。

利益は,明日に備えるためのコストとして捉える
感覚が,まだまだ一般的に受け入れがたく,利益
は,獲物の如く,分配すべきものと扱ってしまう
感覚がなかなか抜けないということですね。

われわれの感覚が利益を誤った方向に導く習性
が抜けないのであれば,いっその事,利益と呼ぶ
のはやめようというドラッカーの提案は,ある種
の解決策を示しているように思うのですが,いか
がでしょうか?

さて,あなたにとっての利益は何でしょうか?
やはり,利益は利益でしょうか?

それとも,未来のコストだという提案を受け入れ
られますか?


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Posted by ohbayashiblog at 09:30│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 成果をあげる人・あげない人 

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